当院では、特発性正常圧水頭症(iNPH-idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus)の啓蒙活動、治療、原因究明に向けての研究を行うために正常圧水頭症センターを設置しております。
気になる症状などあって、専門的診断・治療をご希望の際には、まずは厚地正道医師の外来をご受診下さい。

特発性正常圧水頭症とは

 厚生労働省の発表によると、65歳以上の認知症患者数は2012年の時点で7人に1人と推計されています。
さらに10年後にはその数が700万人を突破し65歳以上の5人に1人が認知症となると推測されています。
近年、脳神経外科手術で改善する認知症として特発性正常圧水頭症は注目を集めています。認知症やパーキンソン病と思われている患者さんの中で、この特発性正常圧水頭症の病態であるにもかかわらず正確に診断されずにいる人が10%近くいらっしゃるとの報告もあります。

水頭症とは、頭蓋内を循環して脳や脊髄を保護している脳脊髄液が過剰となる疾患です。原因としては脳脊髄液の『循環障害』『過剰産生』『吸収障害』の3つがあり、急激に起こると頭蓋内圧が高くなり頭痛や吐気を起こしたり、場合によっては脳ヘルニアにより意識障害や呼吸障害により死に至ることもあります。
この急性の水頭症とは別で、少しづつ髄液がたまり症状がゆっくり進むタイプの特発性正常圧水頭症の場合は、頭蓋内圧は正常であることが多く、“特発性”と名称にあるように原因ははっきりとはしていません。

特発性正常圧水頭症の三大症状としては『歩行障害』『尿失禁』『認知症様症状』が挙げられます。

  1. 歩行障害は、歩行障害は、バランス障害が強いため、開脚歩行でバランスをとるように歩き、足が上がりにくいため、歩幅が狭く、すり足で歩くようになります。
  2. 尿失禁は切迫性である場合が多く、トイレに間に合わず失敗してしまいます。また排尿回数も多くなり、何度もトイレに行くようになる、過活動膀胱の病態を呈
    する事もあります。
  3. 認知機能低下は、記憶障害よりも、前頭葉機能低下に伴い思考緩慢、集中力や注意力の低下が目立ちやすくなります。

検査・診断

特発性正常圧水頭症では、CTスキャン、MRIなどの画像診断のほか、歩行状態の観察や精神・心理テストなどを行います。疑いが濃厚になった時点で、「タップテスト」が行われます。
タップテストとは、腰に針を刺して脳脊髄液を30ml排除して、歩行や運動機能、認知機能の改善の有無を診るテストです。採取後、歩行などの動きが良くなった人は「タップテスト陽性」と診断され、水頭症手術がすすめられます。

 

治療

 当院では特発性正常圧水頭症の患者さんに、脳を傷つけない方法として局所麻酔での『腰椎-腹腔シャント術(L-Pシャント術)』が多く行われています。 手術は腰に針を刺し脊柱管内と腹腔内をチューブで繋ぎ、余分な髄液を背中からお腹の中に逃がす方法で、その有効性は多くの研究で実証されています。


最後に(特発性正常圧水頭症の診療を20年以上取り組んできて)

良い診断・治療効果が得られるための基本的な考え方

特発性正常圧水頭症は 60 代以上で好発する「病的老化」のひとつと考えられます。
脳脊髄液は身長が伸びる時期は不足傾向にあり、身長が縮む時期に過剰となりますので、60 代以上で好発しやすくなると考えられます。ですので発見時・診断時には老化に伴い様々な「心身合併症」を伴っていることがほとんどです。
患者さんの治療予後は、どのような「心身合併症」を持ち、それがどのような「リハビリ阻害要因」となっているか、「リハビリ阻害要因」を手当てしてリハビリを頑張ることの出来る「余力」があるのか否かが、大事なポイントとなります。
また特発性正常圧水頭症の発症・進行予防には「歩く」ことが一番大事です。ある程度歩くことが出来れば、一日トータル 30 分歩くことで発症・進行予防、改善に導くことが出来ます。
これは脊柱管レベルにおける脳脊髄液の髄液排出のメカニズムを働かせる上で重要なポイントです。横になる時間が長いと重力や四肢の動きに伴う脊柱管レベルの髄液排出はほとんどされず、交感神経の賦活もされないため、副交感神経が過緊張となって低活動の生活により心身の廃用がすすみ悪循環に陥ります。よく病院で入院、安静の治療を受けて、退院するときに立てなくなった、歩けなくなった、という話をよく聞きますが、その要因として脊柱管レベルの髄液排出の影響が考えられます。

髄液のたまる特発性正常圧水頭症は、老化に伴い誰にでも起こり得る病態であり、その存在を無視することなく、適切な診断・治療が受けられる世の中であるよう、皆様が人生のソフトランディングを図ることが出来るよう、私たちはこれからも臨床・研究を続けて参ります。

厚地脳神経外科病院 厚地正道
(日本正常圧水頭症学会 理事、日本脳神経外科認知症学会 理事)